歴史書てけとー翻訳

漢文の歴史書を我流で適当に翻訳。
あくまでもテキトーなのでそこんトコよろしく。
更新は不定期です。
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【明史】列伝第二百十二 外国三 『日本』

初,秀吉廣征諸鎮兵,諸三歲糧,欲自將以犯中國。會其子死,旁無兄弟。前奪豐後島主妻為妾,慮其為後患。而諸鎮怨秀吉暴虐,鹹曰:「此舉非襲大唐,乃襲我耳。」各懷異志。由是,秀吉不敢親行。二十年四月遣其將清正、行長、義智,僧玄蘇、宗逸等,將舟師數百艘,由對馬島渡海陷朝鮮之釜山,乘勝長驅,以五月渡臨津,掠開城,分陷豐諸郡。朝鮮望風潰,清正等遂偪王京。朝鮮王李昖棄城奔平壤,又奔義州,遣使絡繹告急。倭遂入王京,執其王妃、王子,追奔至平壤,放兵淫掠。七月命副總兵祖承訓赴援,與倭戰於平壤城外,大敗,承訓僅以身免。八月,中朝乃以兵部侍郎宋應昌為經略,都督李如松為提督,統兵討之。

當是時,寧夏未平,朝鮮事起,兵部尚書石星計無所出,募能說倭者偵之,於是嘉興人沈惟敬應募。星即假遊擊將軍銜,送之如松麾下。明年,如松師大捷於平壤,朝鮮所失四道並複。如松乘勝趨碧蹄館,敗而退師。於是封貢之議起,中朝彌縫惟敬以成款局,事詳《朝鮮傳》。久之,秀吉死,諸倭揚帆盡歸,朝鮮患亦平。然自關白侵東國,前後七載,喪師數十萬糜餉數百萬,中朝與朝鮮迄無勝算。至關白死,兵禍始休,諸倭亦皆退守島巢,東南稍有安枕之日矣。秀吉凡再傳而亡。

終明之世,通倭之禁甚嚴,閭巷小民,至指倭相詈罵,甚以噤其小兒女雲。




初め、秀吉は広征により兵を鎮め、諸三歲糧、自分の武将を用いて中国を攻めたいと考えた。子は死に、兄弟はいなかった。前に奪った豊後島の主の妻は妾で、それを考えるのは将来の災いである。諸侯は怒りを持って秀吉の暴虐を諌め「大唐を攻めることは自分を攻める事である」と、みな懐に異志を持った。しかし秀吉は自ら行く勇気がなかった。二十年四月、清正、行長、義智、僧玄蘇、宗逸らの武将を派遣、彼らは数百艘の船に乗り、対馬から海を渡り、朝鮮の釜山を落とし、勝ちに乗って長駆し、五月には川を渡り、城を開け、豐の諸郡を落とした。朝鮮の望みは潰えて、清正らは遂に偪王京に至った。朝鮮王の李昖棄は城を出て平壤、また義州へ逃れ、使いをよこして急を告げた。倭軍が遂に王京に入り、王妃王子を追って平壤へ出発し、放たれた兵は略奪を行った。七月、副總兵の祖承訓に救援を命じ、平壤城外で倭軍と戦ったが大敗し祖承訓は命からがら逃れた。八月、中朝は兵部次官の宋応昌の経略により、都督の李如松が提督となり軍隊を統率するよう求めた。

この時、寧夏は未だ平定されておらず、朝鮮で事が起きるまで兵部尚書の石星は計画が無かったので、日本語を話せる者を募り、嘉興人の沈惟敬はそれに応募した。星は遊撃軍人階級の称号を与えられ、如松の配下に送られた。明くる年、如松師は平壤において大勝したが、朝鮮は四道を失った。如松は勝ちに乗じて碧蹄館に向かうが、敗退して師を退いた。そこで封貢の議論が起き、わが国と朝鮮はただ金で取り繕うとするようになる。詳しい事は《朝鮮伝》にて。しばらくして秀吉が死に、倭の諸将は船で帰還、朝鮮はまた平和になった。しかし関白が東国を侵してから七年、師の数十万、数百万の食糧が失われ、わが国と朝鮮には勝算がなかった。関白の死に至って戦争が終わり、倭の諸将は全て島の巣に戻り東南は安心して眠れるようになった。秀吉の死は一般に知られるようになった。

明の終わりまで、倭と通ずる事を厳しく禁じ、路地の庶民まで、甚だしくは小さな子供や女まで日本を罵った。
[中国]明史 | comments(1) | -

【日本書紀】卷第一 神代 その4

 次生海。次生川。次生山。次生木祖句句廼馳。次生草祖草野姫。亦名野槌。既而伊奘諾尊・伊奘冉尊、共議曰、吾已生大八洲國及山川草木。何不生天下之主者歟。於是、共生日神。號大日孁貴。大日孁貴、此云於保比屢彷宿霖辧孁音力丁反。一書云、天照大神。一書云、天照大日孁尊。 此子光華明彩、照徹於六合之内。故二神喜曰、吾息雖多、未有若此靈異之兒。不宜久留此國。自當早送于天、而授以天上之事。是時、天地相去未遠。故以天柱、擧於天上也。次生月神。一書云、月弓尊、月夜見尊、月讀尊。 其光彩亞日。可以配日而治。故亦送之于天。次生蛭兒。雖已三歳、脚猶不立。故載之於天磐櫲樟船、而順風放棄。次生素戔嗚尊。一書云、神素戔嗚尊、速素戔嗚尊。 此神、有勇悍以安忍。且常以哭泣爲行。故令國内人民、多以夭折。復使青山變枯。故其父母二神、勅素戔嗚尊、汝甚無道、不可以君臨宇宙。固當遠適之於根國矣、遂逐之。

 一書曰、伊奘諾尊曰、吾欲生御寓之珍子、乃以左手持白銅鏡、則有化出之神。是謂大日孁尊。右手持白銅鏡、則有化出之神。是謂月弓尊。又廻首顧眄之間、則有化神。是謂素戔嗚尊。即大日孁尊及月弓尊、並是質性明麗。故使照臨天地。素戔嗚尊、是性好殘害。故令下治根國。珍、此云于圖。顧眄之間、此云美屢摩沙可利爾。
 一書曰、日月既生。次生蛭兒。此兒年滿三歳、脚尚不立。初伊奘諾、伊奘冉尊、巡柱之時、陰神先發喜言。既違陰陽之理。所以、今生蛭兒。次生素戔嗚尊。此神性惡、常好哭恚。國民多死。青山爲枯。故其父母勅曰、假使汝治此國、必多所殘傷。故汝可以馭極遠之根國。次生鳥磐櫲樟橡船。輙以此船載蛭兒、順流放棄。次生火神軻遇突智。時伊奘冉尊、爲軻遇突智、所焦而終矣。其且終之間、臥生土神埴山姫及水神罔象女。即軻遇突智娶埴山姫、生稚産靈。此神頭上、生蠶與桑。臍中生五穀。罔象、此云美都波。
 一書曰、伊奘冉尊、生火産靈時、爲子所焦、而神退矣。亦云、神避。其且神退之時、則生水神罔象女及土神埴山姫、又生天吉葛。天吉葛、此云阿摩能與佐圖羅。一云、與曾豆羅。
 一書曰、伊奘冉尊、且生火神軻遇突智之時、悶熱懊惱。因爲吐。此化爲神。名曰金山彦。次小便。化爲神。名曰罔象女。次大便。化爲神。名曰埴山媛。
 一書曰、伊奘冉尊、生火神時、被灼而神退去矣。故葬於紀伊國熊野之有馬村焉。土俗祭此神之魂者、花時亦以花祭。又用鼓吹幡旗、歌舞而祭矣。
 一書曰、伊奘諾尊與伊奘冉尊、共生大八洲國。然後、伊奘諾尊曰、我所生之國、唯有朝霧而、薫滿之哉、乃吹撥之氣、化爲神。號曰級長戸邊命。亦曰級長津彦命。是風神也。又飢時生兒、號倉稻魂命。又生海神等、號少童命。山神等號山祇。水門神等號速秋津日命。木神等號句句廼馳。土神號埴安神。然後、悉生萬物焉。至於火神軻遇突智之生也、其母伊奘冉尊、見焦而化去。于時、伊奘諾尊恨之曰、唯以一兒、替我愛之妹者乎、則匍匐頭邊、匍匐脚邊、而哭泣流涕焉。其涙堕而爲神。是即畝丘樹下所居之神。號啼澤女命矣。遂拔所帶十握劔、斬軻遇突智爲三段。此各化成神也。復劔刄垂血、是爲天安河邊所在五百箇磐石也。即此經津主神之祖矣。復劒鐔垂血、激越爲神。號曰甕速日神。次熯速日神。其甕速日神、是武甕槌神之祖也。亦曰甕速日命。次熯速日命。次武甕槌神。復劒鋒垂血、激越爲神。號曰磐裂神。次根裂神。次磐筒男命。一云、磐筒男命及磐筒女命。復劒頭垂血、激越爲神。號曰闇龗。次闇山祇。次闇罔象。然後、伊奘諾尊、追伊奘冉尊、入於黄泉、而及之共語。時伊奘冉尊曰、吾夫君尊、何來之晩也。吾已飡泉之竈矣。雖然、吾當寢息。請勿視之。伊奘諾尊不聽、陰取湯津爪櫛、牽折其雄柱、以爲秉炬、而見之者、則膿沸蟲流。今世人夜忌一片之火、又夜忌擲櫛、此其縁也。時伊奘諾尊、大驚之曰、吾不意到於不須也凶目汚穢之國矣、乃急走廻歸。于時、伊奘冉尊恨曰、何不用要言、令吾恥辱、乃遣泉津醜女八人、一云、泉津日狹女、追留之。故伊奘諾尊、拔劒背揮以逃矣。因投銜。此即化成蒲陶。醜女見而採噉之。噉了則更追。伊奘諾尊、又投湯津爪櫛。此即化成筍。醜女亦以拔噉之。噉了則更追。後則伊奘冉尊、亦自來追。是時、伊奘諾尊、已到泉津平坂。一云、伊奘諾尊、乃向大樹放[尿<毛]。此即化成巨川。泉津日狹女、將渡其水之間、伊奘諾尊、已至泉津平坂。故便以千人所引磐石、塞其坂路、與伊奘冉尊相向而立、遂建絶妻之誓。時伊奘冉尊曰、愛也吾夫君、言如此者、吾當縊殺汝所治國民日將千頭。伊奘諾尊、乃報之曰、愛也吾妹、言如此者、吾則當産日將千五百頭。因曰、自此莫過、即投其杖。是謂岐神也。又投其帶。是謂長道磐神。又投其衣。是謂煩神。又投其褌。是謂開囓神。又投其履。是謂道敷神。其於泉津平坂、或所謂泉津平坂者、不復別有處所、但臨死氣絶之際、是之謂歟。所塞磐石、是謂泉門塞之大神也。亦名道坂大神矣。伊奘諾尊既還、乃追悔之曰、吾前到於不須也凶目汚穢之處。故當滌去吾身之濁穢、則往至筑紫日向小戸橘之檍原、而秡除焉。遂將盪滌身之所汚、乃興言曰、上瀬是太疾、下瀬是太弱、便濯之於中瀬也。因以生神、號曰八十枉津日神。次將矯其枉而生神、號曰神直日神。次大直日神。又沈濯於海底。因以生神、號曰底津少童命。次底筒男命。又潜濯於潮中。因以生神、號曰中津少童命。次中筒男命。又浮濯於潮上。因以生神、號曰表津少童命。次表筒男命。凡有九神矣。其底筒男命・中筒男命・表筒男命、是即住吉大神矣。底津少童命・中津少童命・表津少童命、是阿曇連等所祭神矣。然後、洗左眼。因以生神、號曰天照大神。復洗右眼。因以生神、號曰月讀尊。復洗鼻。因以生神、號曰素戔嗚尊。凡三神矣。已而伊奘諾尊、勅任三子曰、天照大神者、可以治高天原也。月讀尊者、可以治滄海原潮之八百重也。素戔嗚尊者、可以治天下也。是時素戔嗚尊、年已長矣。復生八握鬚髯。雖然不治天下、常以啼泣恚恨。故伊奘諾尊問之曰、汝何故恆啼如此耶。對曰、吾欲從母於根國、只爲泣耳。伊奘諾尊惡之曰、可以任情行矣、乃逐之。
 一書曰、伊奘諾尊、拔劔斬軻遇突智、爲三段。其一段是爲雷神。一段是爲大山祇神。一段是爲高龗。又曰、斬軻遇突智時、其血激越、染於天八十河中所在五百箇磐石。而因化成神、號曰磐裂神。次根裂神。兒磐筒男神。次磐筒女神、兒經津主神。倉稻魂、此云宇介能美拕磨。少童、此云和多都美。頭邊、此云摩苦羅陛。脚邊、此云阿度陛。熯火也。音而善反。龗、此云於箇美。音力丁反。吾夫君、此云阿我儺勢。飡泉之竈、此云譽母都俳遇比。秉炬、此云多妃。不須也凶目汚穢、此云伊儺之居梅枳枳多儺枳。醜女、此云志許賣。背揮、此云志理幣提爾布倶。泉津平坂、此云余母都比羅佐可。 [尿<毛]、此云愈磨理。音乃弔反。絶妻之誓、此云許等度。岐神、此云布那斗能加微。檍、此云阿波岐。
 一書曰、伊奘諾尊、斬軻遇突智命、爲五段。此各化成五山祇。一則首、化爲大山祇。二則身中、化爲中山祇。三則手、化爲麓山祇。四則腰、化爲正勝山祇。五則足、化爲[酓隹]山祇。是時、斬血激灑、染於石礫樹草。此草木沙石自含火之縁也。麓、山足曰麓。此云簸耶磨。正勝、此云麻沙柯。一云麻左柯豆。 [酓隹]、此云之伎。音鳥含反。
 一書曰、伊奘諾尊、欲見其妹、乃到殯斂之處。是時、伊奘冉尊、猶如生平出迎共語。已而謂伊奘諾尊曰、吾夫君尊、請勿視吾矣。言訖忽然不見。于時闇也。伊奘諾尊、乃擧一片之火而視之。時伊奘冉尊、脹滿太高。上有八色雷公。伊奘諾尊、驚而走還。是時、雷等皆起追來。時道邊有大桃樹。故伊奘諾尊、隠其樹下、因採其實、以擲雷者、雷等皆退走矣。此用桃避鬼之縁也。時伊奘諾尊、乃投其杖曰、自此以還、雷不敢來。是謂岐神。此本號曰來名戸之祖神焉。所謂八雷者、在首曰大雷。在胸曰火雷。在腹曰土雷。在背曰稚雷。在尻曰醉襦在手曰山雷。在足上曰野雷。在陰上曰裂雷。
 一書曰、伊奘諾尊、追至伊奘冉尊所在處、便語之曰、悲汝故來。答曰、族也、勿看吾矣。伊裝諾尊、不從猶看之。故伊奘冉尊恥恨之曰、汝已見我情。我復見汝情。時伊奘諾尊亦慙焉。因將出返。于時、不直默歸、而盟之曰、族離。又曰、不負於族。乃所唾之神、號曰速玉之男。次掃之神、號泉津事解之男。凡二神矣。及其與妹相闘於泉平坂也。伊奘諾尊曰、始爲族悲、及思哀者、是吾之怯矣。時泉守道者白云、有言矣。曰、吾與汝已生國矣。奈何更求生乎。吾則當留此國、不可共去。是時、菊理媛神亦有白事。伊奘諾尊聞而善之。乃散去矣。但親見泉國。此既不祥。故欲濯除其穢惡、乃往見粟門及速吸名門。然此二門、潮既太急。故還向於橘之小門、而拂濯也。于時、入水吹生磐土命。出水吹生大直日神。又人吹生底土命。出吹生大綾津日神。又入吹生赤土命。出吹生大地海原之諸神矣。不負於族、此云宇我邏磨[禾既]茸。
 一書曰、伊奘諾尊、勅任三子曰、天照大神者、可以御高天之原也。月夜見尊者、可以配日而知天事也。素戔嗚尊者、可以御滄海之原也。既而天照大神、在於天上曰、聞葦原中國有保食神。宜爾月夜見尊、就候之。月夜見尊、受勅而降。已到于保食神許。保食神、乃廻首嚮國。則自口出飯。又嚮海、則鰭廣鰭狹亦自口出。又嚮山、則毛麁毛柔亦自口出。夫品物悉備、貯之百机而饗之。是時、月夜見尊、忿然作色曰、穢哉、鄙矣。寧可以口吐之物、敢養我乎。廼拔劔撃殺。然後、復命、具言其事。時天照大神、怒甚之曰、汝是惡神。不須相見、乃與月夜見尊、一日一夜、隔離而住。是後、天照大神、復遣天熊人往看之。是時、保食神實已死矣。唯有其神之頂、化爲牛馬。顱上生粟。眉上生蠒。眼中生稗。腹中生稻。陰生麥及大豆小豆。天熊人悉取持去而奉進之。于時、天照大神喜之曰、是物者、則顯見蒼生、可食而活之也、乃以粟稗麥豆、爲陸田種子。以稻爲水田種子。又因定天邑君。即以其稻種、始殖于天狹田及長田。其秋垂穎、八握莫莫然、甚快也。又口裏含蠒、便得抽絲。自此始有養蠶之道焉。保食神、此云宇氣母知能加微。顯見蒼生、此云宇都志枳阿烏比等久佐。



 次に海が生まれた。次に川が生まれた。次に山が生まれた。次は木の祖先の句句廼馳【ククノチ】が生まれた。次に草の祖先の草野姫【カヤノヒメ】。またの名を野槌【ノズチ】。伊奘諾尊・伊奘冉尊は相談し、「我々は大八洲國と山川草木を生んだ。なぜ天下の主になる者が居ない」と言った。そして日の神を生んだ。名を大日孁貴【オホヒルメノムチ】と言う(大日孁貴は於保比屢彷宿霖辧撻ホヒルメノムチ】と読む。孁の音は力丁反【ノカエシ】)。一書は天照大神【アマテラスオホミカミ】と云う。一書は天照大日孁尊【アマテラスオホヒルメノコト】と云う。 この子は光り麗しく、六合の内を照らした。故に二神は喜び、「我が子は多くとも、これ程の霊力の児は居ない。この国に留まらせず、すぐに天に送り、天上の事を任せよう」と言った。この時、天と地はまだ遠くなかった。ゆえに天柱にて天上に送り奉った。次に月神が生まれた。一書に云う月弓尊【ツクユミノミコト】、月夜見尊【ツクヨミノミコト】、月讀尊【ツクヨミノミコト】である。 その光り麗しいこと日に次ぐ。よって日に並べて治らすため、また天に送った。次に生まれたのは蛭兒だった。既に三歳になっても足が立たなかった。なので天磐櫲樟船【アメノイワスクフネ】に載せて、風の時に棄てた。次に素戔嗚尊【スサノオノミコト】を生んだ。一書に云う神素戔嗚尊【カムスサノオノミコト】、速素戔嗚尊【ハヤスサノオノミコト】である。この神、勇敢にして残忍だった。かつ泣き喚く行動もあった。故に國内の人民が多数死んだ。また青山は枯れてしまった。父母二神は素戔嗚尊を召し「お前は無道だ。宇宙に君臨するべきではない。遠くの国に行け」と放逐した。

 ある書曰く、伊奘諾尊は「我は天下を治すべき子が欲しい」と言った。そして左手に白銅鏡【マスミノカガミ】を持った時に神が現れた。いわゆる大日孁尊である。右手に白銅鏡を持った時に神が現れた。いわゆる月弓尊である。また首をめぐらした時に神が現れた。いわゆる素戔嗚尊である。大日孁尊及び月弓尊、並んで明るく麗しかった。故に天地を照らした。素戔嗚尊は残酷を好んだ。だから根國を治めさせた(珍は于圖【ウズ】と読む。顧眄之間は美屢摩沙可利爾【ミルマサカリニ】と読む)。
 ある書曰く、日と月が生まれた。次に蛭兒が生まれた。この子は満三歳になっても足が立たなかった。最初に伊奘諾、伊奘冉尊が柱を廻ったときに陰神が先に言葉を発した。陰陽の理を間違っていた。だから今蛭兒が生まれた。次に素戔嗚尊が生まれた。この神は性悪で、泣き叫ぶ事を好んだ。だから國民の多くが死に、青山は枯れてしまった。そして父母は「たとえお前にこの国を治めさせても必ず多くの傷を残す。ゆえにお前はすごく遠い根国を治めよ」と言った。次に鳥磐櫲樟橡船が生まれた。そしてこの船に蛭兒を乗せ放棄した。次に火の神、軻遇突智【カグツチ】が生まれた。伊奘冉尊は、軻遇突智のために、秘所を焼かれてしまった。しかし、今わの際に臥せりながらも土の神、埴山姫【ハニヤマヒメ】及び水の神罔象女【ミツハノメ】を生んだ。そして軻遇突智は埴山姫を娶って、稚産靈【ワクムスヒ】が生まれた。この神は頭の上に、蠶と桑がなり、へその中には五穀がなった(罔象は美都波【ミツハ】と読む)。
 ある書曰く、伊奘冉尊、火産靈【ホムスヒ】を生んだ時、子を為す所を焦がして、神退。または神避と言う。その神退の時、水の神罔象女及び土の神埴山姫を生み、また天吉葛【アマノヨサヅラ】を生んだ(天吉葛は阿摩能與佐圖羅【アマノヨサヅラ】と読む。あるいは與曾豆羅【ヨソヅラ】)。
 ある書曰く、伊奘冉尊、火の神軻遇突智を生んだ時、熱によって焼かれた。そして嘔吐した物が神になった。名を金山彦【カナヤマビコ】と言う。次に小便が神になった。名を罔象女【ミヅハノメ】と言う。次に大便が神になった。名を埴山媛【ハニヤマヒメ】と言う。
 ある書曰く、伊奘冉尊、火の神を生んだ時、焼かれて神退した。そして紀伊の国の熊野の有馬の村に葬られた。土着の民はこの神の魂を花の時あるいは花をもって祭る。また太鼓、笛、旗をもって歌い踊って祭った。
 ある書曰く、伊奘諾尊と伊奘冉尊、共に大八洲国を生む。その後、伊奘諾尊は「我が生んだ国、朝霧がかかっていて薫りが満ちている」と言い、息を吹きかけたところ神になった。これを級長戸邊命【シナトベノミコト】と言う。あるいは級長津彦命【シナツヒコノミコト】と言う。これは風の神である。また飢えた時に生まれたのが、倉稻魂命【ウカノミタマノミコト】である。また海神【ワタツミノカミ】等を生む、少童命【ワタツミノミコト】と言う。山神【ヤマノカミ】等を山祇【ヤマツミ】と言う。水門神【ミナトノカミ】等を速秋津日命【ハヤアキツヒノミコト】と呼ぶ。木神【キノカミ】等は句句廼馳。土神【ツチノカミ】は埴安神【ハニヤスノカミ】と呼ぶ。その後、ことごとく萬物を生む。火の神軻遇突智を生む時、その母伊奘冉尊、焦げて化去る。時に、伊奘諾尊は恨んで「唯一子で、我が愛する妹の代わりとするのか」と言い、頭辺、脚辺に転げ、嘆き悲しんだ。その時落ちた涙が神になった。すなわち畝丘の木の下に居る神、名を啼澤女命【ナキサワメノミコト】と言う。遂に十握劔【トツカノツルギ】を抜いて、軻遇突智を三つに斬った。各々が神になった。また剣より滴り落ちた血は天安河邊【アメノヤスカワ】の五百箇磐石【イホツイワムラ】となる。すなわち經津主神【フツヌシノカミ】の祖先である。また剣より血が滴り落ち、神になった。甕速日神【ミカハヤヒノカミ】である。次に熯速日神【ヒノハヤヒノカミ】。その甕速日神は武甕槌神【タケミカヅチノカミ】の祖先である。またの名を甕速日命【ミカハヤヒノミコト】。次に熯速日命【ヒノハヤヒノミコト】。次に武甕槌神。また剣の鋒から落ちた血が神になった。磐裂神【イハサクノカミ】という。次に根裂神【ネサクノカミ】。次に磐筒男命【イハツツノオノミコト】。または、磐筒男命及び磐筒女命【イハツツノメノミコト】である。また剣の頭より落ちた血が神になった。名を闇龗【クラオカミ】という。次に闇山祇【クラヤマツミ】。次に闇罔象【クラミツハ】。しかる後、伊奘諾尊は伊奘冉尊を追って黄泉に入り、共に語る。伊奘冉尊は「愛する夫よ、今頃なぜ来たのですか。私は既に黄泉の食べ物を食べてしまいました。私はもう寝ます。どうか見ないで下さい」伊奘諾尊は聞き入れず、密かに湯津爪櫛【ユツツマグシ】を取り、その歯を折って灯を点して見たところ、その身は膿み、また虫がわいていた。今の人が、夜に一片之火【ヒトツビトボス】を忌むこと、また夜に擲櫛【ナゲグシ】を忌むことはその縁である。
(長すぎるので以下、順次翻訳していきます)
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【日本書紀】卷第一 神代 その3

 伊奘諾尊・伊奘冉尊、立於天浮橋之上、共計曰、底下豈無國歟、廼以天之瓊、瓊玉也。此云努。矛、指下而探之。是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮、凝成一嶋。名之曰磤馭慮嶋。二神、於是、降居彼嶋、因欲共爲夫婦、産生洲國。便以磤馭慮嶋、爲國中之柱。柱此云美簸旨邏。而陽神左旋、陰神右旋。分巡國柱、同會一面。時陰神先唱曰、憙哉、遇可美少男焉。少男、此云烏等孤。 陽神不悦曰、吾是男子、理當先唱、如何婦人反先言乎。事既不祥。宣以改旋。於是、二神却更相遇。是行也、陽神先唱曰、憙哉、遇可美少女焉。少女、此云烏等廖 因問陰神曰、汝身有何成耶。對曰、吾身有一雌元之處。陽神曰、吾身亦有雄元之處。思欲以吾身元處、合汝身之元處。於是、陰陽始遘合爲夫婦。及至産時、先以淡路洲爲胞。意所不快。故名之曰淡路州。廼生大日本、日本此云耶麻騰。下皆效此。豐秋津洲。次生伊豫二名洲。次生筑紫洲。次雙生億岐洲與佐度洲。世人或有雙生者、象此也。次生越洲。次生大洲。次生吉備子洲。由是、始起大八洲國之號焉。即對馬嶋、壹岐嶋、及處處小嶋、皆是潮沫凝成者矣。亦曰水沫凝而成也。

 一書曰、天神謂伊奘諾尊・伊奘冉尊曰、有豐葦原千五百秋瑞穂之地。宜汝往脩之、廼賜天瓊戈。於是、二神立於天上浮橋、投戈求地。因畫滄海、而引擧之、即戈鋒垂落之潮、結而爲嶋。名曰磤馭慮嶋。二神降居彼嶋、化作八尋之殿。又化竪天柱。陽神問陰神曰、汝身有何成耶。對曰、吾身具成而、有稱陰元者一處。陽神曰、吾身亦具成而、有稱陽元者一處。思欲以吾身陽元、合汝身之陰元、云爾。即將巡天柱、約束曰、妹自左巡。吾當右巡。既而分巡相遇。陰神乃先唱曰、妍哉、可愛少男歟。陽神後和之曰、妍哉、可愛少女歟。遂爲夫婦、先生蛭兒。便載葦船而流之。次生淡洲。此亦不以充兒數。故還復上詣於天、具奏其状。時天神、以太占而卜合之。乃教曰、婦人之辭、其已先揚乎。宜更還去。乃卜定時日而降之。故二神、改復巡柱。陽神自左、陰神自右、既遇之時、陽神先唱曰、妍哉、可愛少女歟。陰神後和之曰、妍哉、可愛少男歟。然後、同宮共住而生兒。號大日本豐秋津洲。次淡路洲。次伊豫二名洲。次筑紫洲。次億岐三子洲。次佐度洲。次越洲。次吉備子洲。由此謂之大八洲國矣。瑞、此云彌圖。妍哉、此云阿那而惠夜。可愛、此云哀。太占、此云布刀麿爾。
 一書曰、伊奘諾尊・伊奘冉尊、二神、立于天霧之中曰、吾欲得國、乃以天瓊矛、指垂而探之、得磤馭慮嶋。則抜矛而喜之曰、善乎、國之在矣。
 一書曰、伊奘諾・伊奘冉、二神、坐于高天原曰、當有國耶、乃以天瓊矛、畫成磤馭慮嶋。
 一書曰、伊奘諾・伊奘冉、二神、相謂曰、有物若浮膏。其中蓋有國乎、乃以天瓊矛、探成一嶋。名曰磤馭慮嶋。
 一書曰、陰神先唱曰、美哉、善少男。時以陰神先言故、爲不祥、更復改巡。則陽神先唱曰、美哉、善少女。遂將合交。而不知其術。時有鶺鴒、飛來搖其首尾。二神見而學之、即得交道。
 一書曰、二神合爲夫婦、先以淡路洲・淡洲爲胞、生大日本豐秋津洲。次伊豫洲。次筑紫洲。次雙生億岐洲與佐度洲。次越洲。次大洲。次子洲。
 一書曰、先生淡路洲。次大日本豐秋津洲。次伊豫二名洲。次億岐洲。次佐度洲。次筑紫洲。次壹岐洲。次對馬洲。
 一書曰、以磤馭慮嶋爲胞、生淡路洲。次大日本豐秋津洲。次伊豫二名洲。次筑紫洲。次吉備子洲。次雙生億岐洲與佐度洲。次越洲。
 一書曰、以淡路洲爲胞、生大日本豐秋津洲。次淡洲。次伊豫二名洲。次億岐三子洲。次佐度洲。次筑紫洲。次吉備子洲。次大洲。
 一書曰、陰神先唱曰、妍哉、可愛少男乎。便握陽神之手、遂爲夫婦、生淡路洲。次蛭兒。



伊奘諾尊と伊奘冉尊は天浮橋の上に立って相談し、その後「どうして国が無いのか」と言って、天之瓊【アメノヌボコ】でかき回した(瓊は玉であり、努【ム】と読む)。矛はかき探し青い海が出来た。その矛から滴り落ちた滴が固まり、一つの島が出来た。その島は磤馭慮嶋【オノゴロシマ】と言う。二神はかの島に住み、夫婦の営みを行い、島国を生む事を欲した。すなわち、磤馭慮嶋を国の中心の柱とした(柱は美簸旨邏【ミハシラ】と読む)。陽神(伊奘諾尊)は左に回り、陰神(伊奘冉尊)は右に回った。分かれて国柱を廻り、再び会った。その時、陰神は先に言った。「うれしい事に美しい男の人と出会った」(少男とは烏等孤【オトコ】と読む)。 陽神は喜ばず「私は男子で、先に言うのが当然の理、なぜ婦人が先に言うのか」と言った。そして再び廻り、二神は再び会い見えた。そして陽神が先に「うれしい事に、美しい少女と出会った」と言った(少女は烏等廖撻トメ】と読む)。陽神は陰神に「汝の身のそこは何か」と問うた。陰神は「我が身の雌を為す所」と答えた。陽神は「我が身にもまた雄を為す所がある、汝の所と合わそう」と言った。そして二神は夫婦の契りを交わした。産む時に至るに及びて、先ず淡路洲【アハヂノシマ】をもちて胞と爲す。みこころに快ばざる所なり。名づけて淡路洲【アハヂノシマ】と曰う。すなわち大日本豐秋津洲【オホヤマトトヨアキツシマ】(日本は耶麻騰【ヤマト】と読む。以下、それに倣え)。次に生まれたのが伊豫二名洲【イヨフタナノシマ】。次に生まれたのが筑紫洲【ツクシノシマ】。次に双子の億岐洲【オキノシマ】と佐度洲【サドノシマ】。世人或有雙生者、象此也。次に生まれたのが越洲【コシノシマ】。次に生まれたのが大洲【オホシマ】。次に生まれたのが吉備子洲【キビノコジマ】。これが大八洲國【オホヤシマノクニ】の始まりである。すなわち對馬嶋【ツシマ】、壹岐嶋【イキノシマ】、及び所々の小嶋、はすべて泡が固まったもの、あるいは水沫の固まったものである。

 ある書曰く、天神、伊奘諾尊・伊奘冉尊に曰く、豐葦原千五百秋瑞穂【トヨアシハラチイホアキミズホ】の国がある。汝が行って治めよ、と天之瓊【アメノヌボコ】を賜った。そして二神は天上浮橋【アメノウキハシ】に立ち、国を求めて戈を差し入れた。そして滄海【アホウナバラ】をかき回し、その戈から滴り落ちた潮が固まり島となった。これを磤馭慮嶋【オノゴロジマ】と言う。二神はその島に降りて住まい、八尋之殿【ヤヒロノトノ】を作った。また、天柱【アメノミハシラ】を立てた。陽神は陰神に「汝の身のそこは何か」と尋ねた。「わが身にあるのは陰を為す所」と答えた。陽神は「自分の身にもまた、そういう所がある。陽を為す所だ。私の陽と汝の陰を合わせたいと思う」と言った。そして、伊奘冉尊が左、伊奘諾尊が右に天柱を廻る約束をし、巡り合った。伊奘冉尊が先に「嬉しい事に美しい男と会った」と言った。後で伊奘諾尊が「嬉しい事に美しい乙女と会った」と言った。そして夫婦となり、蛭兒【ヒルコ】を生んだが葦船に載せて流した。次に淡洲【アハノシマ】を生んだ。これはまた子の数に入れない。そのため、天に詣り、お伺いを立てた。天神は太占【フトマニ】を持って占った。そして「婦人ではなく、己から先に呼ぶべし」と教えた。そして二神は再び柱を廻った。伊奘諾尊が左、伊奘冉尊が右を廻り、巡り合った時、陽神が先に「嬉しい事に美しい乙女と会った」と言った。後で陰神が「嬉しい事に美しい男と会った」と言った。しかる後に、住まいと共にし、子を設けた。大日本豐秋津洲【オホヤマトトヨアキツシマ】と言う。次に淡路洲【アハジノシマ】。次に伊豫二名洲【イヨフタナノシマ】。次に筑紫洲【ツクシノシマ】。次に億岐三子洲【オキノミツゴノシマ】。次に佐度洲【サドノシマ】。次に越洲【コシノシマ】。次に吉備子洲【キビコノシマ】。いわゆる大八洲國【オホヤシマノクニ】。(瑞は彌圖【ミズ】と読む。妍哉は阿那而惠夜【アナニエヤ】と読む。可愛は哀【エ】と読む。太占は布刀麿爾【フトマニ】と読む)
 ある書曰く、伊奘諾尊・伊奘冉尊の二神は、天霧【アメノサギリ】の中に立って「国が欲しい」と言った。そして天瓊矛持って指し下ろして探り、磤馭慮嶋を得た。矛を抜き喜んで言った。「よかった、国があった」
 ある書曰く、伊奘諾・伊奘冉の二神は、高天原【タカアマハラ】に座って「国は無いのか」と言って天瓊矛を持って磤馭慮嶋を作った。
 ある書曰く、伊奘諾・伊奘冉の二神はお互いに、膏のごとく浮いてる物がある。その中に国はないのか」と言い、天瓊矛を持って一つの島を探り当てた。磤馭慮嶋と言う。
 ある書曰く、陰神が先に「美哉、善少男」と言った。先に陰神がいう事は不祥なので、もう一度廻った。そして陽神が先に「美哉、善少女」と言い、夫婦の契りを交わした。だがやり方がわからなかった。その時鶺鴒【ニハクナブリ】が飛んできてその首を揺すった。二神はそれを見て倣い、すぐに交わった。
 ある書曰く、二神は夫婦の営みをなし、淡路洲・淡洲を胞となした。そして大日本豐秋津洲が生まれた。次に伊豫洲。次に筑紫洲。次に双子の億岐洲と佐度洲。次に越洲。次に大洲【オホシマ】。次に子洲【コシマ】。
 ある書曰く、先に生まれたのは淡路洲。次に大日本豐秋津洲。次に伊豫二名洲。次に億岐洲。次に佐度洲。次に筑紫洲。次に壹岐洲。次に對馬洲。
 ある書曰く、磤馭慮嶋を胞となし、淡路洲が生まれた。次に大日本豐秋津洲。次に伊豫二名洲。次に筑紫洲。次に吉備子洲。次に双子の億岐洲と佐度洲。次に越洲。
 ある書曰く、淡路洲を胞となし、大日本豐秋津洲が生まれた。次に淡洲。次に伊豫二名洲。次に億岐三子洲。次に佐度洲。次に筑紫洲。次に吉備子洲。次に大洲。
 ある書曰く、陰神が先に「妍哉、可愛少男乎」と言って、陽神の手を取り、夫婦となる。生まれたのが淡路洲。次に蛭兒である。
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【日本書紀】卷第一 神代 その2

 次有神。埿土煮尊埿土、此云于毘尼。 沙土煮尊。沙土、此云須毘尼。亦曰埿土根尊・沙土根尊。 次有神。大戸之道尊。一云、大戸之邊。 大苫邊尊。亦曰、大戸摩彦尊・大戸摩姫尊。亦曰大富道尊・大富邊尊。 次有神。面足尊・惶根尊。亦曰吾屋惶根尊。亦曰忌橿城尊。亦曰青橿城根尊。亦曰吾屋橿城尊。 次有神。伊奘諾尊・伊奘冉尊。
 一書曰、此二神、青橿城根尊之子也。
 一書曰、國常立尊生天鏡尊生天萬尊。天萬尊生沫蕩尊。沫蕩尊生伊奘諾尊。沫蕩、此云阿和那伎。
 凡八神矣。乾坤之道、相參而化。所以、成此男女。自國常立尊、迄伊奘諾尊・伊奘冉尊、是謂神世七代者矣。
 一書曰、男女[禾禺]生之神、先有埿土煮尊・沙土煮尊。次有角樴尊・活樴尊。次有面足尊・惶根尊。次有伊奘諾尊・伊奘冉尊。樴橛也。




 次の神。埿土煮尊埿土【ウヒヂニノミコト】(埿土は于毘尼【ウヒジ】と読む)。 沙土煮尊【スヒヂニノミコト】(沙土は須毘尼【スヒジニ】と読む。また埿土根尊【ウヒジネノミコト】・沙土根尊【スヒヂネノミコト】と言う。 次の神。大戸之道尊【オホトノヂノミコト】あるいは大戸之邊【オホトノベ】と大苫邊尊【オホトマベノミコト】。またの名を大戸摩彦尊【オホトマヒコノミコト】・大戸摩姫尊【オホトマヒメノミコト】。またの名を大富道尊【オホトマヂノミコト】・大富邊尊【オホトマベノミコト】。 次の神は面足尊【オモタルノミコト】・惶根尊【カシネノミコト】。またの名は吾屋惶根尊【アヤカシコネノミコト】。または忌橿城尊【イムカシキノミコト】。または青橿城根尊【アヲカシキネノミコト】。または吾屋橿城尊【アヤカシキノミコト】。次の神は伊奘諾尊【イザナギノミコト】・伊奘冉尊【イザナミノミコト】。
 ある書曰く、この2神は青橿城根尊【アヲカシキネノミコト】の子である。
 ある書曰く、國常立尊【クニトコタチノミコト】は天鏡尊【アメノカガミノミコト】を生み、天鏡尊【アメノカガミノミコト】は天萬尊【アメノヨロズノミコト】を生んだ。天萬尊【アメノヨロズノミコト】は沫蕩尊【アワナギノミコト】を生む。沫蕩尊【アワナギノミコト】は伊奘諾尊【イザナギノミコト】を生む(沫蕩は阿和那伎【アワナギ】と読む)。
 一般に8神である。乾坤の道、互いに交じり合い男女となる。國常立尊【クニトコタチノミコト】から伊奘諾尊【イザナギノミコト】・伊奘冉尊【イザナミノミコト】までをいわゆる神世七代神と言う。
 ある書曰く、男女の性を持つ神、まず埿土煮尊【ウヒヂニノミコト】・沙土煮尊【スヒヂニノミコト】がいた。次に角樴尊【ツノクヒノミコト】・活樴尊【イククヒノミコト】。次に面足尊【オモダルノミコト】・惶根尊【カシコネノミコト】。次に伊奘諾尊【イザナギノミコト】・伊奘冉尊【イザナミノミコト】。(樴は橛【クヒ/短い杭】である)

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【日本書紀】卷第一 神代 その1

 古天地未剖、陰陽不分、混沌如雞子、溟篌含芽。及其清陽者、薄靡而為天、重濁者、淹滯而為地、精妙之合專易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定、然後神聖生其中焉。
 故曰、開闢之初、洲壤浮漂、譬猶游魚之浮水上也。
 于時天地之中生一物、状如葦芽、便化為神、號國常立尊。至貴曰尊、自餘曰命、並訓美擧等也。下皆倣此。次、國狹槌尊。次、豐斟渟尊,凡三神矣。乾道獨化、所以成此純男。

 一書曰、天地初判、一物在於虚中。状貌難言。其中自有化生之神。號國常立尊。亦曰國底立尊。次國狹槌尊。亦曰國狹立尊。次豐國主尊。亦曰豐組野尊。亦曰豐香節野尊。亦曰浮經野豐買尊。亦曰豐國野尊。亦曰豐齧野尊。亦曰葉木國野尊。亦曰見野尊。
 一書曰、古國稚地稚之時、譬猶浮膏而漂蕩。于時、國中生物。状如葦牙之抽出也。因此有化生之神。號可美葦牙彦舅尊。次國常立尊。次國狹槌尊。葉木國、此云播擧矩爾。可美、此云于麻時。
 一書曰、天地混成之時、始有神人焉。號可美葦牙彦舅尊。次國底立尊。彦舅、此云比古尼。
 一書曰、天地初判、始有倶生之神。號國常立尊。次國狹槌尊。又曰、高天原所生神名、曰天御中主尊。次高皇産靈尊。次神皇産靈尊。皇産靈、此云美武須毘。
 一書曰、天地未生之時、譬猶海上浮雲無所根係。其中生一物。如葦牙之初生埿中也。便化爲人。號國常立尊。
 一書曰、天地初判、有物。若葦牙、生於空中。因此化神、號天常立尊。次可美葦牙彦舅尊。又有物。若浮膏、生於空中。因此化神、號國常立尊。




 昔、天地は未だ分かれておらず、陰陽の区別も無かった頃、ニワトリの卵のような混沌の中に何か芽生えた。その清らかな明るい者、薄い幕をもって天と為し、重濁した者は滞って地となる。清らかな明るい者は簡単に合ったが、重濁した者は簡単には固まらなかった。故に天が先に出来、其の後に地が出来ることになった。
 かつてこういわれていた。開闢の時、島は浮き漂い、魚が水上に浮いているようなものだった。
 時に天地の中に葦芽のような物が現れた。それは神になり、国常立尊【クニトコタチノミコト】となった。(貴い者を「尊」、そのほかを「命」、ともにミコトと読む。以下それに倣う)次に國狹槌尊【クニサツチノミコト】、豐斟渟尊【トヨクムヌノミコト】が生まれ三神となる。独りで生まれ、独りで成られたので純粋な男性神である。

 ある書曰く、初めて天地が分かれた時、虚の中にある物が存在した。その形状は説明し難い。その中に神が生まれた。名を國常立尊【クニトコタチノミコト】、またの名を國底立尊【クニノソコタチノミコト】と言う。次に生まれたのは國狹槌尊【クニサツチノミコト】、またの名を國狹立尊【クニノサタチノミコト】と言う。次に生まれたのは豐國主尊【トヨクニヌシノミコト】、またの名を豐組野尊【トヨクムノノミコト】、豐香節野尊【トヨカブノノミコト】、浮經野豐買尊【ウカブノノトヨカフノミコト】、豐國野尊【トヨクニノノミコト】、豐齧野尊【トヨカブノノミコト】、葉木國野尊【ハコクニノノミコト】、見野尊【ミノノミコト】と言う。
 ある書曰く、国が若く地も若かった時、膏のような物が漂っていた。時にその國の中に生物が現れた。その生物は葦牙のような形をしており、それは神になった。名を可美葦牙彦舅尊【ウマシアシカビヒコヂノミコト】と言う。次に國常立尊【クニトコタチノミコト】が生まれた。次に國狹槌尊【クニサツチノミコト】。(葉木國は播擧矩爾【ハコクニ】と言い、可美は于麻時【ウマシ】と言う)
 ある書曰く、天地が混濁していた時、神が現れた。名を可美葦牙彦舅尊【ウマシアシカビヒコヂノミコト】と言う。次に國底立尊【クニトコタチノミコト】。(彦舅は比古尼【ヒコヂ】と読む)
 ある書曰く、初めて天地が分かれた時、神が生まれた。名を國常立尊【クニトコタチノミコト】と言う。國狹槌尊【クニサツチノミコト】。また、高天原の地で生まれた神を天御中主尊【アメノミナカヌシノミコト】と言う。次に高皇産靈尊【タカミムスヒノミコト】、次に神皇産靈尊【カムミスヒノミコト】。(皇産靈は美武須毘【ミムスヒ】と読む)
 ある書曰く、天地が生まれていなかった時、海上に浮かぶ雲のようなものだった。その中に一つの生物が生まれた。葦牙のようなものが始めて生まれた。それは人の形になった。名を國常立尊【クニトコタチノミコト】と言う。
 ある書曰く、初めて天地が分かれた時、物があった。若い葦牙で空中を漂っていた。それは神になった。名を天常立尊【アメノトコタチノミコト】と言う。次に生まれた神は可美葦牙彦舅尊【ウマシアシカビヒコヂノミコト】と言う。また膏のような物が浮いていてそれは神になり、國常立尊【クニトコタチノミコト】となった。
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